若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

なんだかわからないものこそ面白い 群馬大学 生体調節研究所
佐藤健

h21_3「答えのわかっている問題しか解いたことがないので、どうなるかわからないものを研究するのは不安です」 これは研究室見学に来た一人の学生が発した言葉であった。私は「わからないことを明らかにしていく」ことこそが研究の醍醐味であり、最大の魅力だと思っていたので正直驚いた。

 私が小胞体タンパク質の局在化に興味を持ったのは大学4年生の時であった。“小胞体に局在化するチトクロムP450の膜貫通領域近傍にあるプロリンに富む領域の生理的意義を調べる”というテーマを頂き、卒業研究を行ったのが始まりであった。この際、分泌経路において小胞体、ゴルジ体、そして細胞外へと輸送される分泌タンパク質の流れに抗して、小胞体やゴルジ体のタンパク質はどのようにしてそこに留まるのかという問題に興味を持ち、どうしてもその分子機構が知りたいという衝動が湧き上がってきた。そこで、当時ご指導いただいた九州大学の大村恒雄先生に相談にのっていただき、東京大学の中野明彦先生が遺伝学的アプローチのできる出芽酵母を用いて分泌経路の研究をされていると教えていただいた。早速、中野研を訪問して直接お話を伺ったところ、なんと小胞体膜タンパク質の局在化機構の研究を開始し、もう変異株を分離しているとのことだった。なんとか院試を突破し、晴れて中野研の一員となった。そこで出会ったのが rer1 変異株である。その当時、小胞体局在化機構としては小胞体可溶性タンパク質に見られる KDEL シグナルと膜タンパク質のC末端に存在する KKXX シグナルを介した局在化メカニズムが明らかとなりつつあったが、実はこれらのシグナルを持たない小胞体膜タンパク質も数多く存在し、その局在化機構については全くわかっていなかった。Sec12タンパク質 (Sec12p) も既知の小胞体局在化シグナルを持たない小胞体膜タンパク質であり、rer1 変異株ではこの小胞体局在性が異常となる。そこで、この原因遺伝子を突き止めるというのが私のテーマとなったのであるが、当初遺伝学的マッピングで予測された第三染色体の領域にはこの変異を相補する遺伝子はみつからず、結局出芽酵母の第三染色体の遺伝子をひたすらクローニングしては rer1 変異株に導入するというノーデータの日々が一年以上続いた。どうも遺伝学的マッピングでうまく予測できなかったのは rer1 遺伝子が遺伝学的位置の特定が難しいセントロメアの真横の遺伝子であったからであった。晴れてクローニングした RER1 遺伝子は酵母からヒトまで高度に保存されているが、既知の遺伝子とは全くホモロジーのない新規膜タンパク質をコードしていた。一次構造からは何の手がかりもなかったので、考えられうる実験を生化学、遺伝学、分子生物学的視点から徹底的に行った。その結果、RER1 遺伝子産物 (Rer1p) はゴルジ体に局在し、ミスソートされた一群の小胞体膜タンパク質をゴルジ体から小胞体へ送り返すことによって局在化させる新しいタイプの分子選別装置であること、またその基質の認識は膜貫通領域間の相互作用によるものであることが明らかとなった。 さらに、鉄輸送体やϒ-セクレターゼのような複合体形成後に小胞体から細胞膜へと輸送される膜タンパク質が単独で存在する際にそれらに結合し、小胞体に送り返すことによって複合体形成を調節していることも明らかとなってきた。 Rer1p は当初なんだかよくわからない因子ではあったが、真正面から取り組むことによって最初の疑問であった「小胞体タンパク質の局在化機構」の一端を解明することができたことを嬉しく思う。現在は線虫 C. elegans に研究材料を移して多細胞生物における細胞内膜ダイナミクスの研究を進めているが、安易な方向に流されず、新しい生命現象の分子機構を一歩一歩解明していきたいと思う。