若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

生命現象の分子基盤解析九州大学大学院理学研究院 生物科学部門
小柴 琢己

私が学位h25_2[1]を取得してから早12年が過ぎようとしています。大学院生当時、私は北海道大学・新田勝利教授のもとで、球状タンパク質のフォールディングに関する熱力学的な解析(生物物理学)を行っておりました。卒業が現実味を帯びてきたミレニアム(2000年)辺りに、今後の進路について真剣に考え始めるようになりました。今思えば非常に安直な思い付きだったのですが、卒業後はとりあえずアメリカへ渡り、そこで何年か研究生活を行いたいと考えておりました(その先まではあまり深く考えずに)。アメリカを留学先として選んだ理由としては、非常にライフサイエンス分野の研究レベルが高いことや、これまでの研究と少し方向性を変える際に異国の方が気兼ねがない点、また当時、野茂投手(ドジャース)が大リーグで華々しい活躍を魅せていたことも大いに私の気持ちを昂らせてくれました。

 そのような時に、Peter Kim教授(現・Merck)らにより発表された、ある論文(Chan et al., Cell, 1997)が私の目に留まったのです。その論文の詳しい内容については割愛するとして、簡単に説明すると「ウイルスが細胞に感染する過程を分子レベルで綺麗に説明したもの」でした。この時に、これまで生体物質として捉えていたタンパク質が生命現象と本当に繋がっていることを肌で感じた瞬間でした。(教科書的には、酵素が生化学的な現象を調節していることは理解していたつもりでしたが。)結局、この論文のファーストオーサーであったDavid Chanの研究室(カリフォルニア工科大学)に留学することになり、前半はHIV-1に関する研究、後半は研究テーマが変わり、現在まで続くことになる「ミトコンドリア」に関する研究を上記の点を意識して行ってきました。

 私たちがいま取り組んでいるミトコンドリア・ダイナミクス(現象)は、ようやくその認知度が徐々に増してきてはいますが、未だその生理的な意義をはじめ、分子レベルでの作用機序など、不明な点が多く存在しており、今後の研究課題としては事欠かない状況です。これからどのような切り口で研究を展開していくのか? この問いには、もちろんミトコンドリア・ダイナミクスに関与する様々な生理機能を突き詰めたいと答えますが、やはり最終的には分子レベルでその生命現象を解き明かせれば研究冥利に尽きるのですが。