若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

まずやってみよう東京大学定量生命科学研究所
鯨井 智也

この度は、生化学会奨励賞という伝統と名誉ある賞をいただき、大変光栄に思っております。これまで私を指導してくださった胡桃坂仁志先生をはじめ、常日頃からお世話になっております先生方に感謝申し上げます。

私は大学院時代に、ヒストンバリアントH3.Yという霊長類異特異的なヒストンを含むヌクレオソームの構造研究を行いました。H3.Yは、転写の活性化に関与していることが報告されており、このヒストンとの出会いが、クロマチンと遺伝子制御機構に着目するきっかけでした。クロマチンの構造変化が遺伝子制御に重要であるという知見がありましたので、ヌクレオソームの構造的特徴から転写制御を議論できないかと考え、X線結晶構造解析やクロマチン構造の形態解析、構造安定性試験を行い学位論文をまとめました。この研究を進めながら、ヌクレオソームの構造だけではなく、転写関連の酵素群がヌクレオソームを動かす瞬間の構造を捉えることができないだろうか、と考えるようになりました。

そのようなときに、非常に幸運なことに、RNAポリメラーゼの専門家である理化学研究所の関根俊一先生と、白水美香子先生、江原晴彦博士と共同研究をする機会をいただき、転写中のRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの複合体の立体構造を解析するプロジェクトを開始しました。研究を始めた当初、RNAポリメラーゼIIがヌクレオソーム上の特定の1箇所で停止するようにDNA配列をデザインしました。構造生物学のセオリーに従って、均一な粒子を含む試料溶液を作製しようと計画したためです。しかし、約1年に渡り、転写条件・精製条件を検討しましたが、ヌクレオソーム上でRNAポリメラーゼIIの停止位置を制御して均一な試料溶液を調製することは困難で、行き詰まっていました。私達は、当時このような明らかに不均一な試料の構造解析例を知らず、この試料で構造解析が可能なのか、半信半疑でした。X線結晶構造解析に十分な量の試料調製が困難であったこともあり、そのときに注目されつつあったクライオ電子顕微鏡解析をまずやってみることにしました。今思えば当時はクライオ電顕解析の力を全く理解できていなかったのですが(いまでも不十分ですが)、近年のクライオ電顕解析技術の発展は本当に著しく、単粒子解析では、溶液中に様々な粒子が存在していても、粒子を分類することによってそれぞれの分子の構造解析が可能になっていました。結果的には、行き詰まったはずが、7種類もの様々な反応中間体の構造を解くことができ、ヌクレオソーム上での転写反応の一連のステップを立体構造から理解することができました。本研究成果が得られたのは、素晴らしい共同研究に加えて、クライオ電顕の発展という、時代の流れに上手く乗れたことも重要な要因であると思います。技術の発展は不可能を可能にする、ということを実感した瞬間でした。また、同時に、技術の発展が非常に早い昨今、常識にとらわれず、「まずやってみる」、ということが大事であったように思います。今現在でも、不可能だ、と思えることはたくさんあります。しかし、そこで物怖じするのではなく、まずはやってみようというスタンスでありたいと思っています。もしかしたら、そこから突破口が開けるかもしれません。

 

鯨井 智也   氏 略歴
2013年 早稲田大学先進理工学部 電気・情報生命工学科卒業
2015年 早稲田大学大学院先進理工学研究科 電気・情報生命専攻 修士課程 修了
2018年 早稲田大学大学院先進理工学研究科 電気・情報生命専攻 博士課程 修了
2018年 東京大学定量生命科学研究所 助教(現職)