日本生化学会会員のみなさん、

 

前号に引き続き、学術雑誌(ジャーナル)の形態の移り変わりについて考えます。ここでは、新しい編集方針を持つ三種類のジャーナルを取り上げます。

 

最初は、“publish first, judge later”をうたうPLoS ONEについてです。これは前号で紹介したPLOS journalsのひとつで、2007年に創刊された電子版のみのopen accessジャーナルです。このジャーナルの特徴は投稿された論文原稿の採択基準(Publication Criteria)にあり、審査員は「研究成果の重要性」は考慮せずに「方法論の正当性」のみを判定します。つまり、標準的な手法で実験操作と結果の解析が行われ、妥当な解釈に基づいた結論が記述されてさえいれば、論文原稿が採択されます。そして、論文内容の評価は掲載後に読者によってくだされるのです。ウェブ上で論文ファイルを開くと上部に「Comments」のバナーがあり、そこからコメント欄に入って意見を書き込むことができます。創刊時の編集者は“このジャーナルでは論文掲載は研究の終点ではなくディスカッションの開始点である”と述べています。掲載後の論文の内容や意義がウェブ上で盛んに議論されるのであれば、このような編集方針のジャーナルは存在価値を持つのかもしれません。

 

二つ目は、ネガティブデータを記述した論文を掲載するジャーナルの登場です。ここでのネガティブデータとは、“適正に実施された実験において作業仮説が否定されることが判明した”場合などの結果を指します。ネガティブデータの公表は他の研究者による不必要な実験を省くとともに定説の覆しに寄与することにあるという考え方のもとに、複数のジャーナルが創刊されています。それらにはJournal of Negative Results in BiomedicineThe All-Results Journals: BiolJournal of Pharmaceutical Negative Resultsなど生化学関連分野のものが含まれ、編集方針に基づけば前出のPLoS ONEもこの仲間に入ります。

 

最後は、投稿前の論文原稿を載せるジャーナルです(serverと称されているのでジャーナルに含めるのは適切でないかもしれません)。物理学の分野に、1991年に開設されたarXiv(アーカイブ)というopen accessのサーバーがあります。これは「preprint server」とよばれ、研究者は作成した論文原稿をまずこのサーバーに登録(掲示)します。すると、その内容についてウェブ上で読者による議論が行われ、著者は出された意見などに基づいて原稿を改訂してゆきます。ある物理学者のウェブサイトには、“まずarXivに登録してその後にジャーナルに投稿することが一般的”と書かれています。多くの出版社はarXivでの論文原稿の掲示を「出版」とはみなさいため、著者は議論を踏まえて最終化された原稿をジャーナルへ投稿することができるのです。arXivには毎月5000にのぼる原稿が新しく登録されているそうです。物理学の分野では、解決されるべき課題が限定されており、かつ純粋に研究内容だけが評価の対象とされるため、このような研究成果公表のやり方が可能なのかもしれません。そして、生命科学分野でも同じような仕組みとして、Cold Spring Harbor Laboratoryが運営するbioRxiv(バイオアーカイブ)が201311月に登場しました。このサーバーに登録された論文原稿はまだ多くないようですが、将来はこれがarXivのような役割を担い、生命科学の分野でも論文原稿の「bioRxivへの登録→ウェブ上での議論→改訂→一般ジャーナルへの投稿」が通常のプロセスになるかもしれません。

 

このようなジャーナル形態の移り変わりを俯瞰すると、研究成果公表のあり方が“実験データをウェブサーバーにデポジット(登録)する”方向に進んでいるように感じられます。今のところは、新しい形態(編集方針)のジャーナルもデータに基づく結論を著者が主張する形式をとっています。しかし将来は、“個々の研究者はデータを登録するだけ”で、別の人たちがそのデータを多面的かつ広い視野から解釈して結論が導かれるようになるかもしれません。そこにはもはや、インパクトファクターはおろか論文の著者すらも存在しないでしょう。個々の研究者の評価はどうなるのかという問題はありますが、科学と技術の発展は人類の繁栄のためにあるのだとすれば、これこそが理想的なジャーナルの姿なのかもしれません。

 

次号では、ジャーナルでの論文掲載にまつわる問題に触れます。

 

20143

中西義信

 

(追記)

本学会のウェブサイトにさまざまな変化が生じつつあります。この「会長便り」の掲載に続き、「JB編集委員長より」が載り、今月初めには生化学誌の電子版が掲載されました。また、トップページの左側にある「企業広告」のバナーにお気づきでしょうか(学会財政健全化対策のひとつです)?そして近々、「学会掲示板(仮称)」が設けられます。これは、会員間で意見のやりとりを行うもので、学会執行部への会員からの要望なども書き込むことができます。自由な意見交換も行われますが、“本学会のDORAへの署名(会長便り第1号を参照)”や“大会運営のありかた”など、話題を限って討論することにも利用したいと思っています。どうかご期待ください。