日本生化学会会員のみなさん、

 

ジャーナルに投稿された論文原稿の査読(Peer Review:会長便り第7号)について、問題点を挙げてその解決策を考えます。

 

会員の多くが経験していると思いますが、審査員の要求に応じて原稿を改訂するには多大な労力と長い時間を費やすことが必要です。これはおもに、審査員が過大な追加実験を求めるからであり、その程度はJournal Impact Factorの数値に比例する傾向にあるようです。また、苦労の末にようやく再投稿しても、さらなる改訂が求められたり、掲載を断られてしまうこともあります。著者を困らせる追加実験は「それは必要ないだろう」と「それは無理だよ」というものにわかれ、原稿に記述された研究の結論にさほど影響しないものが含まれる場合も少なくありません。このような追加実験は、審査員が論文自体を判定するのではなく記述された研究を発展させようと思いつくと考えられ、よく“Reviewer Experiment”とよばれます(Science 321:36; Nature 472:391)。さらに、“Supplementary Information”の制度が束のような追加実験の要求に拍車をかけています。Reviewer Experimentの問題点は、重要な発見の公知が遅れることに加え、科学者がジャーナルの求めるデータを出すことをめざすために独自の発想に基づく研究が乏しくなってしまうことにあります。さらには、著者がReviewer Experimentの回避のために実験結果を発展的に考察することをやめてしまい、論文の質が低下してゆくと指摘する人もいます(EMBO Rep. 15:818)。

 

論文原稿の査読はジャーナルへの掲載の可否を判定するために行われますが、審査員が著者とやりとりする過程で原稿の質が高まるという効果もうみだされます。上記の問題は、本来ならば編集委員による調整で回避されるはずですが、“各審査員の意見を精査して妥当なものだけを著者に通知する”のような交通整理をやってくれる編集委員にお目にかかるのはまれです。さらに、Peer Reviewなので審査員も著者として論文原稿を投稿することがあるはずなのですが、いったん審査にあたると逆の立場になる場合のあることを忘れてReviewer Experimentを要求してしまうようです。

 

この現状を問題視するジャーナルが「改善策」を講じており(eLife 2:e00799; EMBO Rep. 15:817)、要点は次のようなものです。

1. 編集委員が選別した採択の可能性の高い原稿を審査員による査読に供する。

2. 採択された論文について審査過程(審査員と著者の間のやりとり)を公開する。

3. 編集委員が審査員の意見を統合した判定結果を作成して著者に通知する。

 

さらに、審査員間で判定のための話し合いを行う、審査員意見の適切性を検討する制度を設ける、追加実験は適宜な時間・手法・労力で可能なものにする、詳細な査読に供した論文は原則として採択する、ことなども検討されているようです。EMBO J.誌やeLife誌などは既にこれらの多くを実行しています。また、このような手順を導入すると編集委員の仕事量が増大するため、他の多くのジャーナルとは異なり(会長便り第8号)、eLife誌では編集委員に報酬を与えるようにしています。

 

私たちのJBでも、論文原稿査読の方針や手順について考える必要があるかもしれません。

 

2014年10月

中西義信