日本生化学会会員のみなさん、

 

今号と次号では学術論文にまつわる種々の問題を取り上げます。

 

ジャーナルに投稿した論文が採択されて刊行された後でも、著者はその内容の一部を変更することができます。ただしこれは、その変更が論文の結論に影響しない場合に限られます。文字や数値の修正、図表の微細な変更、著者情報の訂正、などがその例です。著者がジャーナル編集部に依頼して承認されれば、変更内容が“erratum”や“corrigendum”としてジャーナルに掲載されます。一方、結論が変わってしまうような大きな誤りが判明した時には論文内容の変更では済まず、多くの場合は論文そのものが取り下げられます(retraction)。撤回された論文は存在しなかったものとされ、その論文に基づいて授与された学位があればそれも取り消されることになります。2013年には、世界中で発表された約100万篇の論文のうち500篇ほどが撤回されたそうです(Retraction Watchというウェブサイトには論文の撤回や訂正に関する記事が載っています)。論文の撤回はそのジャーナルで公知され、それに至った経緯などが説明されます。撤回された論文の著者は信用を失うことになりますが、誠実に対処することでそれを最小限に留めることができるようです(Nature 507:389)。なお、論文撤回の原因がなんらかの科学的不正による場合は、著者は所属機関や学協会から制裁を受けることもあります。ちなみに、変更や撤回の記事には対象論文が引用されるため、そのたびに当該ジャーナルのImpact Factor値が大きくなります。 

 

また一方、近年では学術論文にまつわる構造的な不正が問題視されており、そのいくつかを紹介します。まず論文著者の売買です。昨年11月に、論文著者の売買を行う企業(組織)があると報じられました(China’s publication bazaar. Science 342:1035)。その仕組みとは、ジャーナルに採択された論文原稿を買い取り、筆頭著者や責任著者の「権利」を売るというものです。「料金」は、co-first authorco-corresponding authorのどちらかひとつで15,000 USドル、両方では「割引」が適用されるらしく25,000 USドルほどだそうです。このようにして、研究にまったく携わっていない新たな「著者」が追加された論文が発表されるのです。次の例は、偽のジャーナルウェブサイトの存在です。昨年3月に、実在するジャーナル名を語る架空サイトから投稿/掲載料をだまし取られる事件が報じられています(Sham journals scam authors. Nature 495:421)。利用されたジャーナルはウェブサイトを持っておらず、‘料金を払ったのに論文がまだ掲載されていない’という編集長への問合せが多発して発覚に至ったそうです。最後に紹介するのは、営利目的第一のオープンアクセスジャーナルです。今年の1月に、ウェブサイトScholarly Open Accessに“List of predatory publishers”というタイトルの記事が載りました。そこには、投稿/掲載料を払い込ませることを主たる目的とするとみられる出版社やジャーナルの名称が記されています。その数は477にのぼり、年々増加しているそうです。この記事の執筆者は、これらのジャーナルについて論文原稿の投稿、編集委員等への就任、論文の審査などを行わないようにとよびかけています。 

 

このように、学術論文の存在自体を揺るがしかねないさまざまな問題が存在しています。次号では“論文における不正をなくする手だて”を考えます。 

 

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中西義信