若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-
ニッチを知り、ニッチをつくる。慶應義塾大学医学部 / 国立国際医療研究センター研究所
田久保圭誉
医学部医学科の学部教育カリキュラムにはそれほどきっちりとした研究に携わる教育プログラムは組み込まれていないため、研究に興味を持っている学生は自然とカリキュラム外で研究室に出入りするという行動に出ることが多いと思います。私もそうした一人で、医学部の学生時代に病理学教室で血管内皮細胞の低酸素応答についての研究に携わっていました。直接指導していただいた池田栄二先生からは、新しく系を作って、そこから得られたデータを一つ一つ吟味しながら進めていくことの楽しさと厳しさを教えていただくことができました。卒後は臨床研修することなしに直接研究者になりたいと考えて、当時熊本大学から慶應に赴任されたばかりの須田年生教授の研究室の門をたたくことにしました。
研究室が注目している造血幹細胞は全ての血球細胞をつくるおおもとになる細胞です。哺乳類の体内では骨の中、骨髄に造血幹細胞は棲んでいて、周囲の微小環境(ニッチ)にあるニッチ細胞といわれる細胞からサイトカインやケモカインなどの様々なシグナルを受け取ることで維持されています。前駆細胞に比べると造血幹細胞は細胞周期に入っている分画が少なく、G0期(静止期)にある期間が非常に長いことが知られており、この特性を維持することが造血幹細胞ニッチの重要な機能であると考えられています。こうしたニッチがある骨髄の環境は他の臓器に比べると低酸素環境であると昔から想像されていました。私は、そうした環境にある造血幹細胞が低酸素応答のマスターレギュレーターの1つである転写因子HIF-1aの安定化を介して、細胞周期の静止期性と低酸素環境に適した解糖系メインのエネルギー代謝特性をそれぞれ保持していることを見出しました。つまり、低酸素環境という息苦しそうな環境であっても幹細胞にとっては好ましいニッチになるということになります。造血幹細胞の機能解析では連続骨髄移植実験による幹細胞活性の評価が必須です。セルソーターで単離した少数の造血幹細胞をレシピエントマウスに1次移植、2次移植、あるいはそれ以上の回数の移植を行い、それぞれ4か月ずつかかる解析を淡々と進めていくことになります。はじめは実験手技が安定せず、数か月待ってもまるでデータが得られない息の詰まるような時期を過ごしました。しかし、徐々に手技的に安定していくにつれ、仮説を裏打ちするデータが得られて、解析が順調に進行していくようになりました。
気が付くと学部学生時代から十数年間ずっと細胞の低酸素応答にかかわる研究を続けることができていますが、それもサポートしてくれるニッチとなる研究室の環境があってこそであったと思います。自分も縁あって独立してニッチを作りはじめることになりましたが、一緒に研究する人が次のステップへ進めるようなニッチを準備していきたいと考えています。
田久保 圭誉 氏 略歴
平成15年3月 慶應義塾大学医学部卒業
平成19年3月 同大学院医学研究科修了 博士(医学)
日本学術振興会特別研究員、慶應義塾大学医学部助教を経て
平成23年12月より 慶應義塾大学医学部専任講師
平成26年4月より 国立国際医療研究センター研究所プロジェクト長(兼任)