若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

感性を刺激するもの東京工業大学 フロンティア研究機構
中戸川 仁

奨励賞2013-3  大学院生に向けて、とのことでしたので、在り来たりな話題にはなりますが、研究テーマを決める際の一助になればと、私の経験を書かせていただくことに致します。
 私は学部生の時、ワトソンの「遺伝子の分子生物学」(赤と緑の上下巻の第4版です)を読む機会を得ました。メンデルの時代の話に始まり、生体高分子の化学的性質等、基本的な事柄が続き、DNAの複製、転写へと進みます。ここまでもとても面白く読むことができました。しかし、遺伝暗号の翻訳のメカニズムの詳説に入った時、それまでとは違う大きな衝撃を受けました。巧くできすぎてる!長年の進化の過程を経たとはいえ、偶然の積み重ねでこんなものができあがるなんて信じられない!と図書館で教科書を前に独り興奮したことを今でも思い出します。しかしながら、当時の私は、生命科学全般に漠然とした面白さを感じており、将来どういった研究に取り組みたいかについて明確な考えは持っていませんでした。大学院は大腸菌のタンパク質分泌機構を研究されていた京都大学の伊藤維昭先生(現 京都産業大学)の研究室に進みました。物質の透過障壁として細胞の自己を規定する生体膜を巨大なタンパク質分子が如何にして通り抜けるのか、という基本的な問題に魅せられ、研究を開始しました。伊藤先生、当時助手の森博幸先生、秋山芳展先生の御指導の下、研究は思いがけない方向へ大きく発展しました。研究が面白くて仕方なく、思い切り没頭しました。次から次へとアイデアが浮かび、それを検証するための実験を考え、次々と新しいことが明らかになっていきました。その中で、今日の私を支える多くのことを学ぶことができました。
 このような経験を振り返り、幸運だったと思うことの1つは、取り組んだテーマが私の感性を大いに刺激するようなものであったことです。テーマ選び(研究室選び)の時には意識できていなかったのですが、生命現象を支える精巧なメカニズムを解き明かすことが研究における私の最大の関心事であり、実際に取り組んだテーマがこれに嵌まったのでした。そして、学部生の時に興奮を覚えた教科書の一項目はそれに通ずるものであったことに後になって気が付きました。何かを知り、(単なる面白さを越えて)感性が刺激されると、知ったことのその先に自然と様々に考えが及び、また新たな疑問も生じるものです。これは言うまでもなく、研究を進める上での重要なプロセスです。また、そのようなテーマに取り組むことで、自身の様々な力が鍛えられていくように感じました。
 学位取得後、オートファジー研究のメッカともいえる大隅良典先生の研究室に加えていただきました。オートファジーの研究テーマには、生理機能から分子機構まで幅広い選択肢がありましたが、その時には、自分の感性は分子機構の研究でこそ良く働くと感じていたので、迷わずそのようなテーマを選びました(生理機能や疾患との関連の研究が華々しく展開されていますが、オートファジーは未解明かつ魅力的なメカニズムの宝庫でもあります)。大隅先生は勿論、多くの方からご助力をいただき、御陰様で良い成果が得られ、昨年は本会の奨励賞という栄誉ある賞をいただくことができました。
 数年前、大隅先生が研究室の学生さんに向けて、次のようなことを仰いました。若いうちに、自分が本当に面白いと思う論文を見つけなさい、そして(安易に流行を追ったり、役に立つかという観点でなく)自分がその論文のどこに惹かれたのかを大事にして研究テーマを選ぶと良い。大隅先生のこの御言葉は、上のような私が幸運に恵まれてできた経験を、自分の力でたぐり寄せるための具体的な助言だと思いました。教科書や論文だけでなく、色々な研究者の講演でも良いと思います。若いうちに色々な研究に触れる機会を持ち、どういった研究が自分の感性を刺激するのかを見出し、それに合ったテーマを選ぶことが、良い研究、自分にしかできない研究につながっていくように思います。

中戸川 仁 氏   略歴
2002年    京都大学大学院 理学研究科 博士課程修了
2002年    日本学術振興会 特別研究員(PD)
2005年    基礎生物学研究所 助手/助教
2006-2010年 科学技術振興機構 さきがけ研究者(兼任)
2009年    東京工業大学 フロンティア研究機構 特任助教
2011年-現在 同所属 特任准教授