若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

折れない心~無駄な実験だと決めつけない~東京大学大学院医学系研究科細胞情報
進藤英雄

h22_5 この度は平成21年度の生化学会奨励賞に御採択頂きありがとうとうございます。大変光栄であり、今後この賞に恥じぬよう研究を進めて参りたいと思います。

 私は東京大学大学院医学系研究科細胞情報学教室で清水孝雄教授の御指導の下、脂質生化学の研究に携わっています。生体膜リン脂質生合成や生理活性リン脂質(血小板活性化因子、PAF)生合成を研究しています。生体膜の主成分であるリン脂質は組織や状態によって組成が異なり非常に多様です。このリン脂質生合成の最終ステップはリゾリン脂質アシル転移酵素(LPLAT)によって触媒されることが1950年代に示唆されましたが、約50年間分子同定には至っていませんでした。近年になりようやく10種類のLPLATが同定されました。私達はそのうち6種類を発見しました。

 10年前、私はPAFの定量や生合成酵素の精製をテーマとして清水研究室に入りました。PAFは強力な生理活性を持つリン脂質であり、その生合成酵素のリゾPAFアセチル転移酵素(lyso-PAFAT)は先ほどのLPLATと似た反応を示し、同じグループに属します。この酵素は膜タンパク質であり、過去に様々なグループが精製に挑戦していましたが成功していませんでした。私もブタ脾臓から膜画分を調整し、可溶化、カラム精製と進めましたが、活性はどんどん減りました。大学院生とポスドク時代を含めて約6年間試みていましたが、同定に至りませんでした。もちろんこの間に酵素の活性化調節を調べるなどの精製以外の実験も進めていましたが、6年間かけた精製のテーマでは当然ながら論文を書けませんでした。

 その後、清水教授からの指示もありlyso-PAFATを含むLPLATをターゲットとしてゲノムデータベース探索を始めました。似た反応を触媒するアシル転移酵素を鋳型に未知遺伝子を約15種類クローニングし、順番に酵素活性を放射ラベルされた基質を用いて測定しました。すると、ある遺伝子で今までの実験で見たことの無いようなカウントが表示されました。最初は測定機器の故障か?自分のミスか?と疑いましたが、再現するにつれ自信を持ちました。これがlyso-PAFAT遺伝子(後にLPCAT2と命名)の発見でした。精製を6年間試みて同定できず、データベースでは4ヶ月で見つけたことになります。しかし、精製を試みていた期間は無駄ではなく、lyso-PAFATの扱いなど教科書にも論文にも無い情報がいつの間にか身に付いていました。さらに、詳細は割愛しますが、同時に見つけたLPLAT(LPCAT1)の活性検出や、その後見つけた新しいアシル転移酵素ファミリー(MBOATファミリー)の解析にも大きな好影響を与えました。これらは研究室の大学院生や技術職員と共に進めていきました。

 私は研究経験の早い段階でタンパク質精製に携わったこと自体、運が良かったと思います。今回のlyso-PAFATの精製では成功しませんでしたが、この時の経験は研究を続ける上で大きな財産となっています。未知のタンパク質精製にはその方法に教科書は無く、何をしても間違いではありません。馬鹿げているような試みも大事で、うまくいけばそれが正解の一つなんです。この考えがあり数年成果が無くても楽しく研究できました。それをできる研究環境にいられたことも運が良かったことであり、清水教授やラボメンバー、OBの先生方に感謝しています。もちろん、しっかり調べて考えることは大事ですが、それに縛られて動けなくなるのはダメです。経験を積む程、良くも悪くもこの試し実験ができなくなります。また、これらを楽しめるかどうかも大事で、うまくいかなくても落ち込まないことです。結果や環境に不平不満を持っても先に進めません。このコーナーの趣旨でもあります後輩へのメッセージ(偉そうなことを言える立場ではありませんが)としては、「安定した精神的タフさを維持し、できることはどんどん試してみる」です。成果が出るに越したことは無いですが、大学院生時代は色々経験することも大事だと思います。私自身もこの感覚を忘れずに研究経験を積んで、微力ながら生化学に貢献できるように進めていきたいと思います。