若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

観たいものを観る努力と才能国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター
伊原 伸治

蛋白質を精h25_1[1]製してその特性を決める、明快な研究手法と蛋白精製の困難さに魅せられ、大阪大学の谷口直之先生の生化学教室の門を叩きました。なんとか学位をいただけるだけの仕事をして、さてポスドク先を選ぶにあたって、何の研究をしようと悩んでいました。生化学のみならず遺伝学を使えば面白い研究ができるのではないかと考え、当時理研CDBにおられた西脇清二先生の研究室で、線虫C. elegansの研究を始めました。理研CDBは、世界屈指の研究施設で、週ごとにあるセミナーでは、様々な生命現象を美しいイメージングで捉えたセミナーを聞くことが出来ました。そこで漠然とイメージングを取り入れて研究したいと考えるようになりました。

 ポスドクとして最初の論文を出した頃、Duke大学のDavid Sherwoodは独立したばかりの新進気鋭の若手研究者でした。彼の報告した細胞浸潤の実験モデルに魅せられた私はノースカロライナ州まで押しかけ、留学させてくれと頼み込みました。次年度に彼の研究室に無事に入ることができましたが、残念なことに研究をする予定だった細胞浸潤に破綻を示す変異体は、他のポスドクが既に手をつけていました。少しがっかりはしたものの、可視化基底膜と浸潤細胞は綺麗で毎日夢中で顕微鏡を観ていました。するとあるときに面白い事に気づきました。

 浸潤細胞は基底膜に穴を開けるのですが、その穴の大きさが発生段階で全く違うのです。初めは個体差だと思っていたのですが、どの個体をみても、穴の大きさは規則正しく拡大します。そこで穴の大きさを制御している分子機構が必ずあると確信して、その大きさがどうやって制御されているか?その解析に取り組むことにしました。この研究過程で常々感じていたのが、観ることの大事さです。浸潤は細胞と細胞外マトリックスが関わる複雑な現象ですが、それを定量的に取り扱うために、きちんと観ることが必要です。穴のサイズを研究してみたいと思っても、正確に観ることが出来なければ、研究をすることはできません。そして一番大事なのは何を観るか、です。可視化しても、“いい目”を持っていないと面白い現象を見逃してしまいます。

 周りからの適切なサポートそして光学機器の進歩も、研究を助けてくれました。ある蛍光蛋白質でマークした基底膜を作ったのですが、定量的に測定する事はできませんでした。そこで最新のEM-CCDカメラを購入して測定したところ、必要にして十分なシグナルを得ることができました。この基底膜の可視化は、現在行なっている基底膜の形成及び維持の研究へと展開しています。

 研究はいつも予想通りに進みませんが、新たな視点、新たな技術を取り入れることで突如としてブレークスルーを起こすことがあります。30代も終盤にさしかかりましたが、未踏の面白い現象を見出すことのできる“いい目”は、どうやったら身につくのか、まだわかりません。また研究の方向性を決めるにあたり、なにが一番の近道なのか、迷うばかりです。迷ってはいるけれども、研究を楽しみ、まだ字もよめないのに毎日楽しそうに絵本をみている1歳の息子にまけないように、毎日楽しく顕微鏡を覗いていこうと思っています。最後になりますが、これまでにお世話になりました諸先生、先輩、後輩の皆様に、この場をお借りして心より感謝いたします。