若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

酵素の声に耳を傾けなさい名古屋大学 細胞生理学研究センター
阿部一啓

奨励賞2013-1私が胃プロトンポンプの研究をする契機となったのは、北海道大学在学時、恩師である谷口和弥先生と出会いでした。谷口先生はナトリウムポンプが専門で、イオン能動輸送の重要性とダイナミックな構造変化の熱心なお話しを伺ううちに、当時化学を学んでいた私は、進化淘汰圧が生み出した生体分子の複雑さと驚異的にパワフルで効率的なマシーナリーの作動機構を理解したいと思うようになりました。谷口研で研究を始めるときには、何事も極端なことを好む性分によって、研究分野の主流であったナトリウムポンプではなく、胃の内部をpH1(細胞内部はpH7なので、内外でのH+濃度差は100万倍)にまで酸性化できる胃プロトンポンプ H+,K+-ATPaseを研究対象と定めました。当時は機能解析が中心で、RIに籠って実験をしては、谷口先生始めスタッフの先生、研究室の先輩(今回奨励賞を受賞された金川さん)と結果の解釈をディスカッションする日々が続きました。谷口先生は一介の大学院生である私を、一人の科学者として扱ってくださいました。これは良い面だけではなく、実験が不十分な場合には納得がいくまでとことん議論することも多くありました。『Your enzyme would like to talk to you, why you close your ears?』というのが先生の教えで(留学先でPost博士が仰ったそうです)、実験データは非常に細かく分析してどんな些細なことも見落とさないように叩きこまれました。P型ATPaseの分野では当時、豊島先生によって筋小胞体カルシウムポンプの立体構造が次々と決定され、これまでマンガで描かれていたポンプが実体として理解されるようになってきました。北大での学位取得後、酵素の声を聞くだけでは飽き足らず姿を見てみたくなった私は、膜タンパク質の構造解析で第一線の研究者である当時京大の藤吉教授に、H+,K+-ATPaseの構造解析に取り掛かりたい旨をご相談しました。藤吉さんは、構造解析など全く知らない、どこの馬の骨とも分からぬ私を快く受け入れてくださり、十分すぎるほどサポートして下さいました。一緒に結晶化に取り組んでくれた西澤君、構造解析を一から教えてくれた谷さん、電子顕微鏡の使い方を叩き込んでくれた小林さん始め、研究室のメンバーとの協力関係が、H+,K+-ATPaseの電子線結晶構造解析には不可欠でした。また構造解析と組み合わせることで、酵素の声を聴く機能解析実験はその威力を発揮してくれました。

この度、日本生化学会奨励賞という分不相応な大変名誉ある賞を頂けたのは、上述した多くの恩師、先輩、同僚のお陰です。振り返ってみると自分は一体何をしたのか?と思うばかりですので、振り返るのはやめます。今後もH+,K+-ATPaseの声に耳を傾け、その姿を露わにし、その作動機構を詳らかに理解する為に、あらゆる手段を用いてこれに取り組んでいきたい所存です。

阿部 一啓 氏   略歴
2003年   日本学術振興会特別研究員 (DC2)
2004年   北海道大学大学院理学研究科 博士後期課程 修了 博士(理学)
2004年   京都大学大学院理学研究科 生物物理学教室 藤吉研究室
                 日本学術振興会特別研究員 (PD)
2008年   バイオ産業情報化コンソーシアム研究員
2010年   京都大学特定研究員 (産官学連携)
2011年   名古屋大学 細胞生理学研究センター 助教
              (兼務同学創薬科学研究科)