若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

違うから面白いんじゃない?順天堂大学大学院医学研究科
杉浦 歩

 この度「ミトコンドリアを中心としたオルガネラ間相互作用の解析」という研究課題で2023年度日本生化学会奨励賞を受賞させていただきました。その名の通りの研究を複数の研究室に渡って行ってまいりました。ご指導くださいました先生方には心より感謝申し上げます。本企画の趣旨に沿って、当該研究について大学院博士課程の若者に気楽に語りかけるように筆を執りたいと思います。

 本稿タイトルは、元プロ野球選手イチロー氏の結婚会見で語った結婚の決め手「価値観が一緒である」に対する私の母親の独り言「価値観が違うから面白いんじゃない?」の抜粋です。母親はよく「人と同じではつまらない」と言っていました。今思えば、決して裕福とは言えない生活を前向きに生きるための教えだったのかもしれませんが、いつの間にか私の思考回路の基盤となっていました。当該研究を振り返ってみると、全く新しいとまで言えませんが、他人とは違うところ、主流とは少し外れたところに目を付けたことが本賞に繋がったのかもしれません。

 私が初めて当該研究を始めたのは博士課程在学中の2000年一桁台の頃でした。当時機能解析を進めていた分子がミトコンドリアと小胞体の接着点にあるのではと、閃きといえば聞こえがいいですが、思い付きで始めました。当時はまだ(少なくとも日本国内では)オルガネラコンタクトの研究は今ほど盛んではなかったのですが、寛大に実施許可をいただけたことは非常に幸運でありました。オルガネラコンタクトの現状を考えると、当時あまり関心がないようにみえた指導教官の先生は先見の明をお持ちであったと改めて感服しています。その後はmitochondrial-derived vesicles(MDVs、ミトコンドリア由来小胞)の研究に従事しました。当時は当該グループからの論文報告しかなく、「ミトコンドリアから小胞が出る」ことが受け入れられているとは言い難い状況でした。しかし、こんなに面白い現象を自分の目で見たいと思い発見者の門を叩きました。当時の研究室主催者との雑談で「これをよくアーティファクトとせずにやろうと思ったね」と聞いたことがありました。その答えは「だって見えたんだもん。見えたものは無視できないよ」でした。近年、他グループからのMDVsに関する論文報告も増えてきており、今後のさらなる発展が楽しみです。

 紙幅の関係で上記の例しか挙げることができませんでしたが、これまでにご指導いただいた先生方の教えは、言葉こそ違いますが根底にある信念は共通であると理解しています。前例や既成概念にとらわれることなく、実験結果に基づいて研究を進めていく大切さや面白さを学びました。基本原理に基づくことは重要でありますが、それすらもひっくり返し教科書を書き換えることができるのも研究の魅力です。「違うから面白い」は、自身で分野を創生できるチャンスでもあるかと思います。ぜひ若い世代の方々の柔軟なアイディア、鋭い嗅覚で生化学会にとどまらず、日本の科学を盛り上げていただきたいと思います。次世代の方たちの健やかなご発展・ご活躍を祈念して筆を置きたいと思います。

 

杉浦 歩 氏 略歴
2007年 東京薬科大学生命科学部卒業
2012年 同大学院生命科学研究科修了
2012~2016年 カナダ・マギル大学研究員
2014~2016年 日本学術振興会海外特別研究員(兼任)
2016~2017年 東京薬科大学プロジェクト研究員
2017~2020年 神戸大学特命助教
2020年より 現職(順天堂大学大学院医学研究科講師 博士(生命科学))