若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

DNA分解の研究に魅せられて京都大学大学院医学研究科 分子生物学教室
川根 公樹

h21_1DNAが積極的に分解される。不思議な話に思えませんか?DNAは遺伝情報の原本で、半保存的複製によって合成されるため、RNAやタンパク質とは異なり、細胞内で代謝、分解されることはありません。しかし、細胞の死、アポトーシスではDNAが分解されます。私が修士課程の大学院生として、長田重一先生の研究室の門を叩いた時、ちょうどそこでは細胞が死ぬ際に活性化されるDNA分解酵素の同定がなされたところでした。細胞死の引き金の引かれた細胞抽出液と単離核を混合し、DNA分解をin vitroで再構成する系の構築に始まり、大変な労力のタンパク精製の末の輝かしい成果で、生化学の威力、美しさがとても目映く見えました。一方で、DNA分解がおきなくても細胞は無事(?)死ぬことができるとわかり、DNA分解の意義が不思議に思えました。私は、アポトーシスでのDNA分解の生理作用を明らかにするという興味深いテーマに従事するチャンスを頂き、一貫して研究を続けて来ました。その道のりは苦、楽、驚に満ちており、貴重な経験を得ながら、大変充実した研究生活をおくってきました。研究室の素晴らしい先行研究のもと、長田先生を始めとする研究室の方々に御指導を頂き、一緒にサイエンスを行えたことが何より幸運であったのは明白で、言葉に尽くせぬ感謝の思いです。

 遺伝子欠損マウス作製の立ち上げに試行錯誤の2年近くが過ぎ去るなど、研究が思うように進まなかったことは数え挙げればキリがありません。しかし、待望のマウスが作製でき、このマウスの細胞は、細胞死を誘導してもDNAがまったく分解されない結果を示す電気泳動の写真を目にした時の感動は忘れられません。その後、生体内ではもう1つのDNA分解経路が存在する事がわかり、私達の道程はさらに遥かなものになりましたが、その過程で、DNA分解が起きるのは何もアポトーシスに限らないと気づくに至りました。私達の研究は、生体内でのDNA分解という広いテーマに発展したのです。赤血球が成熟する際に脱核された核、レンズ細胞の分化過程で失われる核のDNAも分解されます。DNA分解酵素は、そのいくつかが同定され生化学的性状の解析が先行していましたが、生体内での働きは不明でした。私達は遺伝子欠損マウスの解析により、生体内では、局面ごとにそれぞれの酵素が、他では代替出来ない形でDNA分解を担っていることを証明しました。そして、これらDNA分解が妨げられると、致死性貧血、関節リウマチ、リンパ球発生異常、白内障などの疾患をもたらすことを見出し、DNA分解が重要な生理作用であることを明らかにしました。さらに、DNAは完全に自己の分子でありながら、分解されずに蓄積すると、自然免疫を過剰に活性化してこれら疾患を引き起こすこともわかりました。このように多くの予想外の結果、驚きが私達に訪れました。“DNAは重要な分子である一方、分解されるべき局面で分解されないと生体に害を及ぼす危険な分子であるかもしれない” 私達はこの新規の結論に今到達しています。

 まだまだ駆け出し研究者の私ですが、これまでの研究を通じて、研究の奥深い魅力を実感するようになったと同時に、苦しさも感じるようになりました。与えられた問題を解き、巻末の解答頁をめくれば正誤が判明した頃は何と気楽だった事か。誰もが正答を知らない問いに対して自分の出した結論は本当に正しいのか?各実験において、ましてや、得られた結果を集大成して世に発信する時には限りなく不安がつきまといます。さらに、自分は何を明らかにしたいのかと自らに問うて決断を下したり、新規の問題を着想したり、勇気と開拓精神も試されます。けれども、この難しさにもかかわらず、大いなる楽しさが存在するから研究に惹かれてしまうのでしょう。私の場合それは、自分の知らない事を知りたいという好奇心、そして志を同じくする多様な人々の集うコミュニティの存在だと思います(生化学会もその一例でしょう)。個性豊かな人々が、様々な生命現象に興味と愛着を抱き、多彩な手法で謎に迫っています。他の研究者の見事な発見に感嘆し、日進月歩の知見を共有しながら、自分の興味の対象については(願わくば)自分の手で(同志と協力しつつ)真理を発見したいと心躍らせ研究を行う。この社会的活動の楽しさがあるからこそ、研究は魅力に輝いているのだと思います。加えて忘れてはならないのは、日々の実験に一喜一憂する楽しみでしょうか。仮説の真偽に決着をつける大実験でなくとも、plasmidが大量にとれれば嬉しいし、材料が調製できたかの確認westernでノンスペなく期待のバンドが出れば美しいと感じます。それで一日幸せでいられたりするのです。この道の前途、困難は考えれば考える程多いのですが、このかけがえのない楽しさを楽しむためにも日々厳しく精進していきたいと、決意を新たにしています。