若手研究者に聞く-奨励賞受賞者からのコメント-

「体のなかのスイッチ」に魅せられて京都大学大学院生命科学研究科
生沼 泉

 h27-4高校生の頃から発がんのメカニズムに興味があり、中でも「Rasという小さなスイッチ役たんぱく質の1カ所の変異でも細胞をがん化してしまう」ということに衝撃を受けました。この衝撃が今でも研究のモチベーションの礎となっています。父がエンジニアだった影響で、集積回路の組み立てや機械いじりは日常慣れ親しんで好きな光景でした。いわば、「体のなかのスイッチ」を研究することは、私の憧れでした。

 卒研生で配属された当初の研究室ではRasの近縁の、Rhoの研究が精力的に行われていました。その中の1つ、Rndの研究のプロジェクトに加わることになり、当初2年ほどは、Rndの結合分子として同定されていたPlexinファミリーという受容体タンパク質の機能に関する研究をしていました。Plexinは脳内で神経細胞の道しるべを担う、神経ガイダンス因子semaphorinの受容体です。当初はPlexin-B1に関して研究を行い、Plexin-B1がRnd1と機能共役をすることで、下流で低分子量Gタンパク質RhoAを介したアクトミオシン収縮の経路の活性化を引き起こすことで、細胞の退縮を引き起こすことを明らかにし、論文にまとめました。しかしながらPlexinにはA~Dの4つのサブタイプがあるのですが、RhoA活性化に必要なドメインはB以外のサブタイプのPlexinには存在しなかったことから、「この経路はきっと本質ではないのでは?」と思い、論文採択後の達成感はいまひとつでした。

 そんな中、Plexinに共通に保存されたドメインに目をとめました。「共通なものには意味があるかも」と考え、解析した結果、R-Rasの不活性化を触媒する酵素として働きうるドメインであることがわかりました。その後、その酵素活性の実在を検証するために、昼でも薄暗いRI実験室に通い、32PでラベルしたGTPのトレース実験を一人深夜まで行い、シンチレーションカウンターの結果を解析した際のドキドキ感は良い想い出です。結果、幸運にもPlexinという受容体がR-Rasの不活性化酵素として働くという、全く新奇な情報伝達機構の解明となりました。その後の研究で、R-Rasが神経ガイダンスのキー分子であることを明らかにでき、さらにR-Rasの活性が、semaphorinによって負に制御されることで細胞の運動の抑制が起こることを見いだしました。スタッフに任用されて以降、次のステップとして、イギリスのがん専門医の臨床グループとの共同研究が実現し、骨転移を起こす悪性度の高い前立腺がん細胞では、Plexinに点変異が入っており、そのためにR-Ras活性を抑制できないことが細胞運動亢進につながっていることを明らかにできました。また同時並行で、R-Rasが担う神経細胞形態制御のメカニズムに関してもより深く研究を行っております。最近ではJSTさきがけでの仲間の助けを得ながら、シグナル経路を同定するだけでなく、全反射イメージングや、マウス個体で「シグナル経路を見る、操作する」ことにもチャレンジしております。

 今後も基礎研究を通じて、人々の健康と福祉の向上に役立つことを目標としつつ、日々、仲間のありがたさを実感しながら、きっちりした研究を積み重ねていく所存です。

生沼 泉 氏 略歴
2007年  京都大学大学院生命科学研究科 博士後期課程修了 (DC1)
       博士(生命科学)を取得 (根岸学教授)
       同 助教
2011年  戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者
       「脳神経回路の形成・動作と制御」 領域 兼任
       京都大学大学院薬学研究科助教(兼担)
2013年  京都大学物質-細胞統合システム拠点助教(連携)