生化学の次の100年


生化学の次の100年
名誉会員 吉村 昭彦
日本生化学会の100周年にあたり、何か書くように依頼された。私が初めて学会発表をしたのも生化学会であり、それは大学院生の頃、もう40年以上前のことである。そう考えると、私は生化学会の歴史のほぼ半分を、研究者として共に歩んできたことになる。100年のうちの40年であるから、かなり古株の部類に入るのだろうが、本人としてはつい昨日のことのような気もする。もっとも、そう感じること自体が年齢の証拠かもしれない。
私が研究を始めた頃、生化学は分子を一つひとつ追いかける学問であった。遺伝子をクローニングし、塩基配列を決め、タンパク質を精製し、その機能を地道に解析する。当時、ようやくウイルスの全ゲノム配列が明らかになりつつあった時代であり、ヒトの全遺伝情報が解読されるなど、少なくとも私には、生きているうちに実現するとは思えなかった。巨大で複雑なタンパク質の立体構造がクライオ電子顕微鏡で次々に解かれ、さらには一次構造からAIがかなり正確に立体構造を予測するようになるなど、控えめに言ってもSFであった。職人カタギの研究者が白衣を着てピペットを振っていたら、気がつくと隣でAIが構造予測をしているのである。時代はずいぶん遠くまで来た。
では次の100年で生命科学はどうなるのか。正直に言えば、すでに棺桶に片足を突っ込んでいるロートルに100年先などわかるはずがない。40年前に現在を予測できなかった者が、次の100年を見通せるなら、もっと別の人生があったかもしれない。それでも、あえて大胆に言えば、生命科学は「生命を理解する学問」から、「生命を設計し、管理し、時には修理する技術体系」へと変わっていくのではないかと思う。
まず、実験の風景は大きく変わるだろう。ロボットが実験を行い、結果をAIが解析し、仮説までAIが提案する。若い頃、深夜まで遠心機の前に立っていた身からすると、なんとも隔世の感がある。苦労が減るのは結構なことだが、若い人が「昔は人間が自分でピペッティングしていたんですか」と半ば信じられない顔をする時代も来るのかもしれない。昭和的な長時間労働は美談ではなく、歴史になるだろう。
さらに、生命そのものが観察の対象から再構成の対象へ変わる可能性がある。細胞や組織、さらには個体の病態までもが、コンピュータ上やチップの中でかなりの精度で再現されるようになるかもしれない。創薬も病態解析も、まずは仮想空間で行い、現実の生体は最終確認のために使う、そんな時代である。もしそうなれば、生命科学は自然を眺める学問から、生命をかなり本気で“操作する”学問になる。
そうなると、「生化学」という名前はどうなるのだろうか。第97回の大会の挨拶文で「生化学は『全ての生命科学の基幹となる学問』という位置づけはかわりません。むしろ今こそ「物質から情報へ」から「情報から物質へ」という原点回帰が求められています。」と書いたが、それはこれからの10年くらいはまだ成り立つだろう。私がAIの力を十分認識していなかったとも言える。今は、現在のような物質を基盤とした生化学はかなり輪郭を失っているのではないか、と思う。生命を分子で考えることがあまりに当たり前になれば、あえてそれを「生化学」と呼ぶ必要がなくなるからである。おそらく分子生物学、細胞生物学、情報科学、工学、医学などがさらに混ざり合い、より大きな「ライフサイエンス」に溶け込んでいくのだろう。「生化学」という分野も言葉もなくなるというと少し寂しいが、見方を変えれば、それだけ生化学的物質探索の時代が華やかだった、ということでもある。やはり「物質から情報へ」の流れは止められない。
そして次の100年で生命科学が最も強く向き合う課題は、おそらく老化である。病気を治すだけでは人は満足しない。老いたくない、衰えたくない、できれば元気なまま長く生きたい。本当は死にたくない、という具合に、その願望は際限がない。不老不死はさすがに大げさとしても、健康寿命の大幅な延長や老化過程への介入は、生命科学の中心テーマになるだろう。そうなると生命科学は、病気を治す学問であると同時に、人間の欲望をどこまで受け止めるのかを試される学問にもなる。
ただ、ここまで威勢よく未来を語っておきながら、ふと別の不安も頭をよぎる。某超大国の大統領の歯止めなき暴走のような現実を眺めていると、そもそも人類は100年後まで無事に存続しているのだろうか、と。科学技術は驚くほど進歩しても、人間の愚かさはしばしばその叡智をはるかに上回る。生命科学の未来を論じる前に、人類そのものが未来に値するだけの分別を保てるのか、そちらの方がよほど大問題かもしれない。
100年前、生化学は生命を物質の言葉で語り始めた。次の100年、ライフサイエンスは生命を情報と設計の言葉で語るようになるのかもしれない。そのとき私たちに問われるのは、生命の仕組みだけではなく、私たちはどのような生命を望むのか、という問いである。もっとも、その答えを出してくれるのも、案外またAIなのかもしれない。
もちろんこのエッセイはAIの助けを借りて書きました。
(東京理科大学生命医科学研究所教授、慶應義塾大学医学部名誉教授)
生化学会役職歴
- 2008年度 常務理事
- 2008年度 研究体制検討委員会委員長
- 2009年度 副会長
- 2009年度 将来計画検討委員会委員長
- 2024年度 第97回日本生化学会大会会頭

