沿革

日本生化学会は大正12年(1925年)4月4日に東京大学医学部生化学教室2代目の教授である柿内三郎氏が中心となり、広い分野から発起人を募り創設された学会です。(創設時の発起人は下表)その後、会員数の急増や会計規模の膨張をかんがみ、法人への移行を検討し1965年9月1日「社団法人日本生化学会」として法人設立が認可されました。「社団法人格」の廃止に伴い2012年9月3日に「公益社団法人日本生化学会」へ移行し現在に至っております。

日本生化学会創設時の発起人(敬称略)
[医学関係系]:柿内三郎、赤松茂、朝川順(名古屋部会代表委員)、後藤基幸、後藤元之助、井上嘉都治、岩野俊治、加藤七三、川北元三、古武弥四郎、前田鼎、永山武美、太黒薫、佐々木隆興、清水多栄(岡山部会代表委員)、須藤憲三、照内豊(関東部会代表委員)、富田雅次、松岡全二(大阪部会代表委員)

[理学関係]:小松茂(京都部会代表委員)

[農学関係]:三宅健次、奥田譲、島村虎猪、吉村清尚

当会は創立当時より、「医学」「理学」「農学」「薬学」「工学」など広い範囲の生化学者を糾合する構想で、且つ、会員は所在地での地方部会を構成し、各地方部会では年に数回程度、例会を開催していました。現在の8支部による支部例会は学会創立当時から継承されている催しです。

創立同年(1925年)10月31日~11月2日までの3日間、東京で第1回総会(大会)[参加者数:130、シンポジウム数:5,一般演題:37]を開催し、同時に「日本生化学会会報」第1巻第1号を発行しました。(全文記事はこちらから

創立以降、総会(大会)は毎年開催されましたが、昭和19年(1944年)からの4年間は第2次世界大戦により流会、会報誌・JBも休刊を余儀なくされました。戦後、昭和23年(1948年)これらを再開するにあたって、これまであえて置かずに運営してきた会長・会頭などの役員をおくことを協議し会則を変更しました。(昭和23年の役員は下表)(歴代会長一覧はこちらから

会長 児玉桂三
会頭 内野仙治
理事 赤松茂,有山登,市原硬,広畑竜造,正宗一,内野仙治,安田守雄
監事 伊藤良二

これを機に、会報誌を「生化学」に改め、また、創立前の1922年に柿内氏が自費出版していた英文誌 The Journal of Biochemistry(JB)を、昭和25年(1952年)第37巻からは生化学会が発行を引き継ぎ、続刊することとなりました。

昭和30年(1955年)には創立30年を迎え、東京で開催した記念式典では、海外から招聘した著名な先生方の特別講演をおこない、海外の学会との交流も活発になってきました。また、若手研究者の登竜門と言える「奨励賞」の顕彰事業もこの年から開始しています。(受賞者一覧はこちらから) 戦前は200人程度だった会員数も1957年には2000人を超え、会計管理の観点からも、それまでの任意団体から法人化を検討することとなり、昭和40年(1965年)創立40周年の年、社団法人日本生化学会が設立されました。

法人化以降においては、昭和42年(1967年) 第7回IUB Congress(現・IUBMB)を赤堀四郎会長の下、日本で開催しました。昭和47年(1972年) 村地孝氏が日本代表として日本、オーストラリア、インドの連合により組織されたFAOB(現・FAOBMB)を設立し、昭和52年(1977年)には第1回アジアオセアニア国際会議を、八木國夫会頭の下、日本で開催するなど、国際交流がますます活発になり、旅費に充てるための国際交流基金を設けたのもこのころです。昭和51年(1975年)創立50周年では文科省など関係機関や諸外国の学会の方々を招待、ご挨拶や祝辞を頂戴し、盛会な式典を開催しました。(50周年式典の詳細はこちらから)50周年を記念して「生化学実験講座」をシリーズで刊行、60周年記念として、現在のシンボルマークを制定しました。

1990年代では総会(大会)への参加者も6,000人を超え、シンポジウムは約120、一般演題は約2500題、海外演者によるプレナリーレクチャー、モーニングレクチャーなど多彩なプログラム編成となりました。平成8年(1996年)は初めて女性の大会会頭(大塚栄子氏)が選出され、会員数も平成10年(1998年)には14,000人に達しています。1991年名誉会員の島薗順雄氏による「日本生化学会65年のあゆみ」が刊行されました。(全文はこちらから

21世紀に入り、平成18年(2006年)本庶佑会長のもと開催された第20回国際生化学・分子生物学会議では皇太子殿下をお招きするなど京都での盛会な催しとなりました。会長を務められた本庶佑先生は平成30年(2018年)にノーベル賞を受賞されましたが、これまで生化学会からは実に6名のノーベル賞受賞者を輩出しています。平成28年(2016年)には多大なご貢献をされた名誉会員の早石修氏(2015年ご逝去)を記念して「早石修記念海外留学助成」の新事業を立ち上げました。現在でも生化学会の更なる発展に向けて、さまざまな取り組みを行っています。

まずはこの記念Webサイトにて、沿革ではお伝えしきれない生化学会の100年の歴史を、是非、ご覧いただけますと幸いです。まだ準備中の個所がございますが、どうぞご了承ください。

100周年記念サイト担当委員長
常務理事 鈴木 匡(理化学研究所開拓研究本部)

1920s

1922年

大正12年

The Journal of Biochemistry 創刊

(柿内氏による自費出版)

1925年

大正14年

4月4日 任意団体として設立

10月「日本生化学会会報」 創刊

生化学誌1号
JB1号

1927年

昭和2年

古武弥四郎が会長となる

古武弥四郎
古武弥四郎

1930s

1938年

昭和13年

総会

第14回生化学会総会

1939年

昭和14年

総会

1940s

1944年

昭和19年

Journal of Biochemistry第36巻で休刊

1948年

昭和23年

会報誌から「生化学」へ改称

1950s

1950年

昭和25年

Journal of Biochemistry第37巻から生化学会が引継いで続刊

1952年

昭和27年

IUB加盟

1953年

昭和28年

ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックのDNA二重らせんの発見

1955年

昭和30年

創立30周年記念総会 東京で式典開催

奨励賞授与を開始

1960s

1964年

昭和39年

会長 兼 会頭 古武弥人

古武弥人教授
古武弥人

1965年

昭和38年

創立40周年

社団法人日本生化学会 設立

社団法人として第1回定時総会開催

1回総会

1967年

昭和42年

赤堀四郎会長の下 第7回IUB Congressを日本で開催

Professor Akahori.

1970s

1971年

昭和46年

事務所を「東京大学医学部生化学教室」から「学会センタービル」へ移転

1972年

昭和47年

村地孝氏が日本代表を務め、日本、オーストラリア、インドの連合によりFAOBを設立

FAOBMBニュースレター

1975年

昭和50年

創立50周年 虎の門ホールで式典開催

今堀先生のポートレート
今堀和友
記念式典

1976年

昭和51年

創立50周年事業の一つとして雑誌「生化学実験講座」を刊行

1977年

昭和52年

八木國夫会頭の下、第1回アジアオセアニア国際会議を日本で開催

八木先生ポートレート
八木國夫

1978年

昭和53年

第51回大会会頭 早石修

早石修

1980s

1985年

昭和60年

創立60周年 現在のシンボルマークを制定

JBSロゴ

1986年

昭和61年

事務所を「学会センタービル」から現在の本郷5丁目へ移転

1987年

昭和62年

英和和英「生化学用語辞典」発行

利根川 進 氏 ノーベル賞受賞

1990s

1990年

平成2年

名誉会員 島薗順雄氏により日本生化学会65年の歩み発行

65年の歩み(PDF)

1996年

平成8年

ホームページ開設

1998年

平成10年

会員数約14,000達成

2000s

2000年

平成12年

アトモスフィア連載開始

山川民夫先生
山川民夫

2002年

平成14年

田中 耕一 氏 ノーベル賞受賞

2006年

平成18年

第20回国際生化学・分子生物会議を本庶佑会長の下京都で開催

本庶佑

2010s

2010年

平成22年

第83回大会会頭 田中啓二
(日本分子生物学会との合同開催)

田中啓二先生
田中啓二

2012年

平成24年

9月3日公益社団法人へ移行

山中 伸弥氏 ノーベル賞受賞

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山中 伸弥

2014年

平成26年

生化学誌電子版 発刊

DORAに署名

2015年

平成27年

大村 智 氏 ノーベル賞受賞

2016年

平成28年

「早石修記念海外留学助成」事業を開始

大隅 良典 氏 ノーベル賞受賞

ノーベル賞授賞式に参加して(著者:水島昇氏)

2018年

平成30年

本庶 佑 氏 ノーベル賞受賞

本庶先生

2020s

2022年

令和4年

Carolyn教授ノーベル賞受賞

Carolyn教授特別講演

JB創刊100周年

Carolyn教授
Carolyn教授
JB表紙

2025年

令和7年

創立100周年 記念行事開催予定(京都)

岩井一宏

2027年

令和9年

第100回日本生化学会大会(横浜)