アジアの玄関口 福岡で開催された第85回生化学会での国際化貢献と次世代に向けた取り組み


アジアの玄関口 福岡で開催された第85回生化学会での国際化貢献と次世代に向けた取り組み
名誉会員 藤木 幸夫
日本生化学会会誌「生化学」創刊100周年、誠におめでとうございます。日本生化学会名誉会員の一人として、大変嬉しく思います。
第85回日本生化学会大会は「生化学が拓く新しいライフサイエンス」をテーマに、福岡国際会議場、マリンメッセ福岡を会場として2012年(平成24年)12月14日(金)〜16日(日)に開催されました。会頭(藤木幸夫)をはじめ九州大学の方々が中心となり運営にあたりました(総務幹事 平田雅人、プログラム委員長 住本英樹、幹事補佐 田村茂彦、久下 理、島崎研一郎、諸橋憲一郎、横溝岳彦)。演題数はシンポジウム48題、口頭発表400題、フォーラム3題、バイオインダストリーセミナー12題、参加登録者は3781名でした。
日本生化学会大会のアジアの玄関口福岡での開催については、私の記憶に残るものとして1975年第48回大会[会頭:船津 勝(九州大学、私の学位論文メンター)]、ついで1992年日本生化学会第65回大会[会頭:水上茂樹(九州大学)]でした。記念すべきその20年後に第85回大会会頭を福岡開催として拝命することになりました。この第85回の11年後、記憶に新しい2023年第96回大会[会頭:住本英樹(九州大学)]が福岡で開催されたことは感慨深く思われます。特に第85回大会においてテーマに掲げた「生化学が拓く新しいライフサイエンス」が、第96回大会の会頭企画シンポジウム「生化学の面白さ・楽しさ」として登場したのには感激ひとしおでした。
第85回大会は第35回日本分子生物学会年会(12月11日〜14日開催)と合同開催を目指していましたが、阿形清和年会長(京都大学)から互いにそれぞれの学会のidentity(アイデンティティ)を保持すべきとのご意見を受け、その観点から歴史上初めてのタンデム(直列)開催とし、学生会員はどちらかで参加登録すれば両方に参加できること、市民公開講座はいずれの正会員、学生も出席可能としました。
市民公開講座
第35回日本分子生物学会/第85回日本生化学会・主催、福岡県高等学校理科部会生物部会・共催市民公開講座「進化する生命科学」を中日12月14日に開催しました(福岡国際会議場3階メインホール)。司会は福泉亮(福岡県立糸島農業高校教諭)、講演者は阿形清和「再生生物学から再生医療へ––プラナリア/イモリからヒトへ––」、藤木幸夫「生命活動の基盤:細胞の仕組みとその異常」、中村桂子(JT生命誌研究館)「生命誌––時を紡ぎ発生・進化する生きもの」(写真1)。視聴者はホールを満たし盛会でした。

特別講演(Plenary Lectures)
R. Tim Hunt博士(London Research Institute, Cancer Research UK、九州大学高等研究院栄誉教授、写真2)、Walter Neupert博士(Max Planck Institute of Biochemistry, Germany、九州大学名誉博士、写真3)に、それぞれ「Switches and Latches: The Control of Entry into Mitosis」、「Molecular Architecture and Biogenesis of Mitochondria」の演題で両博士のライフワークを分かり易く講演いただき、真の研究をご教授いただきました。Neupert博士は、講演後壇上で生化学会海外名誉会員証を授与されました(写真4)。Hunt博士はすでに名誉会員です。会期中には両博士を囲む懇親会が催されました(写真5〜7)。






日本の研究教育拠点形成における「国際化」の観点では、二つのCenter of Excellence(COE)プログラムが10年間に亘り推進されていました。
- 21世紀COEプログラム(2002〜2006年):日本の大学に世界最高水準の研究教育拠点を構築し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図るため、重点的な支援を行うことを通じて、国際競争力のある個性輝く大学づくりを推進することを目的とした。
- グローバルCOEプログラム(2007〜2011年):より充実・発展させたポスト21世紀COEプログラムを実現し、日本の大学院の教育研究機能を一層充実・強化し、世界最高水準の研究基盤の下で世界をリードする創造的な人材育成を図るため、国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある大学づくりを推進した。「生命科学」分野では、全13拠点のネットワークを形成し、各拠点での成果の発表、若手育成と交流を狙ったフォーラムの開催など、拠点間の交流・協力体制構築も図られた。
第85回大会では、「日本生化学会は韓国・生化学会分子生物学会(KSBMB)と大会等において可能な限り合同シンポジウムなどの交流に向けて努力する」という程度の緩い内容で、国際化貢献と次世代へ向けた取り組みを目指して進める方向性が打ち出されました。その意味においては、昨年九州にて両者間にMOUが締結されたのは非常に喜ばしいことと高く評価されます。
なお、日本生化学会と日本分子生物学会の合同学術集会に関しては、2012年日本生化学会大会の2年前である2010年日本生化学会第83回大会[神戸、会頭:田中啓二(東京都臨床医学研究所)]後の参加登録者へのアンケート調査では、合同での開催を望む方が多いという結果が公表されています。一方、日本分子生物学会は他の学会、たとえば生物物理学会や発生生物学会などとも“等距離感“を持って学会活動を行っているとの意見もいただいていました。第85回大会開催へ向かっていた当時の生化学会は北潔会長(東京大学)、分子生物学会は岡田清隆理事長(岡崎基礎生物学研究所)でした。そこで、このような情況下、北会長と共に“合同開催”へ向けて努力しましたが、不成功に終わってしまった経緯があります。 このような取り組みがなされてきたことを背景に、来年は両学会の合同大会・年会が計画されており、“念願から実施へ”のご理解とご努力に敬意を表したく思います。
97巻1号の本企画に御子柴名誉会員は、「人間という生物が他の生物と共存しながら,地球、世界、各国、地域で、自然環境に囲まれ、社会・歴史・文化をもって、豊かに生存する基盤とは何か、日本から発信された生存科学という概念を具体的なものにするとの願いを日本生化学会の皆様と共有したいと思う。そして日本生化学会は人類の危機を救う為に、生存倫理(バイオエシクス)の確立を主導しながら世界へ発信することを考えても良いだろう。」と述べられています。
その概念と提言を受けた一つの具体例として、「精子の数が1973年から2011年までに50%以上減少していたという。その後、(中略)精子の総数は70年代に比べて62%減少していたことが判明。そればかりか、1年ごとの減少率は2000年以降2倍になっていた。(中略)環境化学物質や有害な生活習慣にさらされる世代が今後も増え続ければ、その影響は蓄積する一方かもしれない。」*が挙げられます。この問題は大隈基礎科学創生財団のある会の中でも指摘され、議論したことが思い出されます。この脅威は、人だけでなく地球上の雌雄を有する生物界にも起きているものと推察され、人類が起こした問題ながら地球上生物の滅亡に繋がりかねない面前の大問題であろうと考えられます。
また観点を変えて、本誌97巻1号「アトモスフィア」でも記しましたが、日本の各種科学研究は、目的・応用性の高いものに資金をたくさん注ぎ込む傾向にあるようです。基礎科学の重要性が再認識されること、そして興味・関心に基づいた研究を行う若い研究者が増える環境を整えることが、今の日本に重要と思われます。日本社会が好奇心に基づく純粋な基礎科学を容認し、応援する文化を持つことが不可欠だと考えます。その意味においても、日本生化学会が担うべき責任と重要性は非常に高いと思います。
(九州大学高等研究院特別主幹教授・名誉教授、兵庫県立大学大学院理学研究科特任教授)
* ナショナル ジオグラフィック日本版サイト2022年11月18日公開より
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/111700532/
生化学会役職歴
- 2004年・2005年度 常務理事
- 2004年度 研究体制検討委員会委員長
- 2005年度 情報専門委員会委員長
- 2009年〜2011年度 常務理事
- 2012年度 第85回日本生化学会大会会頭
- 2014年・2015年度 監事