第91回日本生化学会大会を振り返って 日本の生化学100年~伝統と革新~


第91回日本生化学会大会を振り返って
日本の生化学100年~伝統と革新~
名誉会員 菊池 章
日本生化学会誕生100周年ならびに「生化学」誌創刊100周年をお祝い申し上げます。私は1985年に入会以来、米国での研究期間3年を除けば、ほぼ毎年生化学会大会に参加し、演題を発表し、討論し、研究仲間を作ることにより、研究者として育てていただいたので、生化学会に対する思い入れは人一倍強いつもりである。また、雑誌「生化学」は優れた総説を和文で読めるという貴重な紙媒体であり、今でも2か月に1回届く本誌を楽しみにしている。さて、私は2018年9月24日~26日の3日間、京都国際会議場で開催された第91回日本生化学会大会の会頭を務めさせていただいた。今回、「艦往知来~生化学会100年の軌跡」に執筆の機会をいただいたので、その当時の記憶を呼び戻しながら、第91回大会を振り返ってみたい。
開催に至るまで
2015年に会頭をお引き受けした時にまず考えたのは、分子生物学会との合同大会の可能性であった。2017年には日本分子生物学会との合同で、Combio2017が開催される予定であったので、2018年も是非合同で開催したいと考えた。そもそも私は、生化学会と分子生物学会が別の学術団体として存在するよりも統合される方が望ましいという立場なので、2018年に分子生物学会の年会長予定者の先生に合同開催の可能性について申し入れたが、前年に合同開催がある等の理由で実現しなかった。後にいろいろな人から、生化学会と分子生物学会の成り立ちの歴史をうかがったり、また公益社団法人の生化学会と特定非営利活動法人の分子生物学会が統一されるための事務的なハードルの高さの説明を受けて、両学会が一つになることの困難さを理解した。しかし、50年後もこの二つの学術団体がこのままの状態を維持できるかは疑問であり、後進の英知に期待したい。

次に大会のテーマについて考えた。私は、2014年~2017年にJ. Biochemistry(JB)のEditor in Chiefを務めていた。ご存じのように、JBは柿内三郎教授(東京帝国大学医科大学医化学講座)が我が国の研究業績を世界の学界に英語で発表する必要性を痛感され、個人で1922年に刊行したことに由来する。ドイツ医学が主流の時代にこれからの学問は英語中心になると見抜かれ、我が国の研究成果を英文で世界に発信する道を拓かれた柿内三郎教授の卓越した先見の明と慧眼に、私は深く敬意を払っていた。そこ(1922年)から日本の生化学研究が本格的に世界に登場したとすれば、2018年に至ってざっくり100年になるのではないかと思えた。物質的基盤に基づき定量性を重んじる生化学研究は、この100年間にその伝統を守りながら、様々な技術革新を取り込み新たなステージに変革してきたので、テーマは「日本の生化学100年~伝統と革新~」とした(図1)。
その次に考えたことは、参加人数と大会経費のことであった。生化学会の会員数は、1990年代には13,000名を超え、大会には5000~6000名が参加していた。2000年以降会員数は漸減し、私が会頭を務めた2018年は8268名であったので、参加者は3000名以上となることを目指した。開催場所は2018年に展示施設であるニューホールが完成した京都国際会議場とした。事務局からは大会経費は赤字が続いていると脅かされていたため、大会期間を3日にして会場賃料を少しでも抑えることとした。主たる大会収入は、参加費と企業や各種団体からの寄附である。参加費は申し訳ないが、正会員の事前登録費を前回大会より1000円値上げして10,000円とした。また、日本製薬協会を含めこれまで寄附をいただいたことのある団体や企業を東京と大阪を中心に事務局のメンバーと回り、寄附や展示、ランチョンセミナー主催のお願いをした。外資系企業では寄附に対する説明とコストパフォーマンスを求められ、現場の対応者は協力的であっても経営陣の判断で不可となることがあった。展示もインターネットを通じて機器の紹介が可能となる時代において、大会で機器を紹介することの意義は薄れてきたような感じもあるが、参加証にバーコードを付けて企業側が後に参加者とコンタクトを取りやすくなるよう便宜を図った。ランチョンセミナーは、参加者の昼食を確保するためにも重要ではあるが、5~6件の開催を引き受けていただくのが精いっぱいであった。1990年代に大会長をされた先生からは、ランチョンセミナーは何十件も希望があり断ったものもあったというようなお話を聞き、基礎科学に関する大会への企業の興味や関心における時代の移り変わりを感じた。
いざ開催
9月24日~26日は天候にも恵まれ、参加者は3028名であり、目標の3000名を達成できた。特別講演3題、シンポジウム83件、一般口演320題、ポスター1154題となった。特別講演として、大村智先生(2015年ノーベル生理学・医学賞受賞)、森和俊先生、柳沢正史先生にご講演賜った。大村先生とは面識がなかったが、知り合いを通じてアポイントを取ることができたので、大村先生の論文が掲載されているJB誌数冊を持参して、2017年4月に東京白金の北里大学に特別講演の依頼にうかがった。幸いなことに、お引き受けいただくことができ、大変安堵した(図2)。大村先生がアカデミアの会で学術講演するのはこれが最後かもしれないと言われていたので、ギリギリのタイミングであった。森先生と柳沢先生にもご快諾いただいた。最近は、両先生ともに毎年ノーベル賞候補に挙がる研究者であり、特別講演は素晴らしいラインナップであったと、今さらながら感じている。特別講演の時間帯は他のプログラムを開催せず、参加者全員が講演を聴講できるよう配慮した(図3)。いずれの講演も圧巻であり、参加者から「このような講演を3題も聞けることに大会の素晴らしさがある」とのご意見をいただいた。特別講演の録画は生化学会Webページ(https://vimeo.com/channels/jbsoc/page:5)に公開しているので、ご覧いただきたい。


シンポジウムでは、伝統的な糖質化学、脂質化学、酵素学、シグナル伝達に加えて、先端的なゲノム科学、イメージング技術、創薬科学、オルガノイド技術、統合データベース使用等の成果が発表され、まさに「伝統と革新」に相応しい内容であった。一般口演は、若手研究者の発表の重要な場である。私の生化学会デビューは1986年の近畿地方会での講演だった。「三量体Gタンパク質によるホスホリパーゼC活性化の再構成実験」について、原稿を練り、緊張の面持ちで口演したことを記憶している。若手発表者(在学中または学位取得後3年以内)の中から各座長に優秀発表者60名を選出していただき、イベントホールで表彰式を行った。表彰された若手研究者がそれを誇りに思い、研究に精進してくれていることを望んでいる。ポスター発表では、ディスカッサーを設け、担当のポスターの発表者に質問、コメントをしていただくようにした(図4)。他の大会等で、ディスカッサーの存在がないと、発表者がポツンと一人でいる光景をよく見かけたので、何としてもそれを防ぎたかった。ディスカッサーにはできるだけシニアの先生方に活躍していただけるように配慮した。FEBS Lettersのご厚意によりFEBS Letters Prizesを設けていただき、優秀発表者の中からさらに2名を選出し、賞状と賞金を授与することができた(図5)。


初日の夕方に生化学若い研究者の会創立60周年記念シンポジウム「生命科学の来し方行く末」が開催され、私も「シグナル分子の探索と機能解析を基盤とした創薬研究」という演題名で講演を行った。生化学若い研究者の会は、生化学の分野に興味を持つ大学院生を中心に1958年に組織され、現在も専門分野や所属にとらわれない若手研究者のネットワークづくりの場となっている。本会は、日本生化学会後援のもと、全国各地でセミナーなどの活動を行い、夏の学校を毎年開催している。大会では、毎年教育関連のシンポジウムを開催しているが、本大会では、「研究倫理教育を考える」をテーマとした。2014年にSTAP細胞事件が起き、社会からも研究公正が問われるようになり、それ以降各大学でデータ管理のルールやe-ラーニングが行われるようになった。講演者の黒木登志夫先生の「刑事事件は疑わしきは罰せずだが、研究不正においては疑わしきは罰する」という言葉が印象的であった。研究者には成果を発表した以上、疑われた際には、自身で証明できなければ処分されるということである。研究成果は、研究者の学位取得や研究費獲得、昇進等に直接反映されるので、研究不正に至る土壌は身近に存在する。今後も研究者が常に意識しなければならないテーマである。なお、大会の収支としてわずかではあるが黒字になった。 以上、第91回大会は充実した学術集団会となった。本大会の運営に尽力していただいた組織委員の古川貴久、三木裕明、水口裕之、三善英知各先生並びに生化学会事務局の渡辺恵子氏に心から感謝している。
大会運営のあり方
1997年までは大会は大学構内で開催し、発表を講義用の教室で行っていた。大会が9月に開催されてきたのは、夏季休暇中に大学を使用できた名残である。その頃はモバイルPCもPowerPointもなく、空調のない大学教室でブルースライドを映写機で映していた。1998年から大型会議場を使用するようになり、大型会議場を有する横浜、名古屋、京都、神戸、博多での開催が多くなった。一方、新型コロナウイルス感染症の流行により会議のリモートシステムが格段に普及し、大会のオンライン開催も可能になった。私は、2020〜2021年度に生化学会会長,2020~2022年にアジア・オセアニア地区生化学分子生物学[者]連合(FAOBMB)会長を務めたが、私の在職中はコロナ禍にあり、いずれの大会もオンライン開催になった。オンライン開催の利便性は抜群で、日本、世界各地からいろいろな状況下で参加ができる。子育て世代の研究者には参加しやすい環境である。しかし、対面で研究に関する討論を行うことは極めて重要であり、また、開催地で友人と旧交を温めることは大会参加の楽しみでもある。今後、仮にハイブリッド開催(現地開催とオンライン開催の併用)が主流になったとすると、現地に赴く人は少なくなるかもしれないと想定されている。そうなれば、これまで開催できなかった地方の中小型の会議場での開催が可能となり、逆に現地開催好きの研究者には楽しみが増えるかもしれない。情報インフラの技術革新がさらに進み、研究者の考え方や環境が変化していく中で、大会開催のあり方も変化していくと予想されるが、私としてはできるだけ現地開催の生化学会大会に参加させていただきたいと考えている。
生化学研究の100年とこれから
科学史において、19世紀以前は生物体の中の物質は無生物のそれとは異なった性質を持っていて、既知の物理学や化学の法則に沿ったふるまいをしないと信じられていた。しかし、1828年に無機化合物のシアン化アンモニウムから生物起源の物質である尿素が合成され、1897年に酵母細胞からの抽出物が砂糖をエタノールにする(発酵)ことが証明された。これらの知見に端を発して、生命体は化学物質からできていて、どんな生物学的機能もこれらの物質の構造と物理学的反応ならびに化学的反応の用語を用いて説明できるとする生化学の学術上の立ち位置、すなわち生物を化学的な視点で理解しようとする体系が確立した。
20世紀初頭多くの代謝経路と反応経路がin vitroで再現され、反応中間体や生成物、化学反応を進める酵素群が同定され、物質変換とエネルギー代謝の概要が1950年頃までに明らかになった。この間、代謝制御に関する研究に対して複数のノーベル賞が授与されたが、1953年にノーベル生理学・医学賞がH.A. Krebs博士とF.A. Lipmann博士の「トリカルボン酸サイクルの発見」と「代謝における高エネルギーリン酸結合の意義の発見」に対して与えられたのは、その集大成である。興味深いことに、同年にJ.D. Watson博士とF.H.C. Crick博士によりDNA二重らせんモデルが発表され、その後の分子生物学の技術的進歩と相まって、1970年代後半には核酸を自由に扱い、タンパク質を人工的に産出できる時代が到来した。
この時代の「ものにこだわり」、「匠の技をもって」、「物事を極める」という研究手法や考え方は、日本人の気質と合っていて、1980年代以降、生物学的に重要な分子、例えばサイトカインとその受容体、タンパク質リン酸化酵素、細胞接着制御分子等が我が国の生化学会会員から多数報告された。20世紀の最後の20年間に飛躍的に進歩した生物学研究は、ヒト遺伝子地図の作製〈ゲノムプロジェクト〉に代表されるように、還元的アプローチが主流であり、細胞をその構成要素に分解して理解することであった。しかし、細胞をその構成要素から再構成する場合、全体は必ずしも部分の総和でなく、分子間の相互作用の結果、新たな性質を獲得することもわかってきた。
21世紀になると、生体内分子の計測技術が飛躍的に向上し、DNA、RNA、タンパク質、代謝産物を網羅的に把握できるようになった。以前であれば、扱う対象(分子、組織、個体等)や研究領域により分類されていた学術的、技術的な壁が低くなり、研究者は多くの実験技術を駆使して、研究を遂行することが必要になった。生命現象の理解の仕方として、俯瞰的に物事を眺めることも求められるようになったし、可能になった。これから、10年、20年先の未来で科学研究は何を目指して、どこに進んでいくのであろうか。20年前の2005年はゲノムプロジェクトが終了した直後で、日本では「ポストゲノム」がキーワードであった。ゲノム科学の専門家でない私には、ヒトゲノム解読の完了が生命科学研究に与えるインパクトについて、見通せていなかった。世界は、ノーベル賞の対象になったサンガーシーケンス法を捨てて、全く新たなシーケンス法を開発(次世代シーケンサー)し、1人1人のゲノムを安価で解析する「1000ドルゲノム」構想が進められた。後になって感じたことだが、欧米人のプラットフォームを構築する戦略の凄味がよく理解できた。
時代が変わり技術が進歩すれば、科学研究の進め方、あり方、求められ方が変化する。このような変革の時代であるからこそ、生化学会ならびに大会の存在意義があるように思う。変わるためには、まず何を変えないかを決めることが大切である。インターネット等を通じて、体験よりも情報が先に入ってしまう時代においても、本当の知識やアイデアは、自身の身体記憶とエピソード記憶から生まれると、私は信じている。「物質」を重んじる生化学研究が生物学、生命科学、医学の研究の中心であってほしいし、そのマインドを有する研究者が自信をもって実験を遂行できる社会が続くことを願っている。
(大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授・企画室長)
生化学会役職歴
- 2004年・2005年度 理事
- 2012年度 生化学教育委員会委員長
- 2014〜2017年度 JB編集委員会委員長
- 2018〜2019年度 常務理事
- 2018年度 第91回日本生化学会大会会頭
- 2020〜2021年度 会長
- 2022〜2023年度 監事
- 2019年 FAOBMB President-Elect
- 2020〜2022年 FAOBMB President
- 2023〜2024年 FAOBMB Past-President
- 2021年度~ 一般社団法人日本医学会連合評議員


