会長あいさつ

 

 

 

 

会長 横溝 岳彦

(順天堂大学大学院医学研究科)

 

 

 

 

 

 

2023年11月1日の総会承認をもって、日本生化学会の会長を務めさせていただくことになりました、順天堂大学大学院医学研究科の横溝岳彦と申します。1991年の大学院入学と同時に生化学会に入会してからはやくも32年が経過しました。ほぼ毎年発表させていただき、多くの友人や共同研究者に出会うことができた生化学会には、生化学者として育てていただいたご恩を感じています。また、私の出身教室である東京大学医学部生化学教室の2代目の教授である柿内三郎(さむろう、と発音します)先生が設立された学会でもあり、強い縁を感じております。もとより微力ではありますが、全力を尽くして会長職を務める覚悟でおります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

私は小学校時代に雑誌「科学」を購読しており、毎月の付録で実験することが大好きな科学少年でした。大学進学に当たって、化学と医学の間で揺れていた自分でしたが、最終的には医学を志し医学部に進学しました。大学入学後に初めて出会った「生化学」ということばに強く惹かれ、先輩に誘っていただいたストライヤー生化学の原書輪読会に参加しました。およそ一年をかけて一冊を読み終えたものの、実験の体験を伴わない化学式と反応の解説には無味乾燥のイメージを持ってしまいました。学部生時代に2年間ほど生化学教室に出入りする機会がありましたが、実験の中心は細胞培養と分化実験で、生化学の面白さを知ることはありませんでした。大学院で再度生化学教室に入れて頂き、ようやく「本物の生化学」に出会うことができました。カラムクロマトグラフィーと酵素アッセイによる未知タンパク質の精製と分子同定、cDNAライブラリー作製とハイブリダイゼーションによる遺伝子のクローニングなど、当時の最先端の技術と機器を用いた研究は、まさに「血湧き肉躍る」感動を与えてくれました。いくつかの分子の発見と解析を通じて充実した日々を過ごし、自分の研究室を持つことを許されました。自分がプレイヤーだった時代(2010年ごろまで)は「生化学」が十分なパワーと説得力を持っていた時代だったと感じています。

 

一方、ここ10年間ほどで生化学を取り巻く環境が大きく変わってきました。ゲノムプロジェクトの進行により、ヒト全ゲノムの配列が容易に入手可能となり、新規遺伝子発見の機会が大きく減りました。トランスクリプトーム、メタボロミクス技術の高度化のおかげで、大量の分子定量のデータを得ることが可能となり、高インパクトジャーナルへの掲載には、こうした大量のデータ解析が必須となった感があります。一つ一つの分子の特性を精密に評価することが得意だった日本の生化学者のガバナンスは一見、低下したように見えます。

 

しかしながら私は、生命現象の解明のためには、生化学的なアプローチが最も重要で説得力があると考えています。大量のデータの中から重要なシグナルや代謝経路を見いだし、生化学的な解析でそれを裏打ちする重要性は今でも変わりません。若い研究者には、核酸、タンパク質、糖、脂質などの正確な取り扱い技術をしっかりと身につけて、再現性の高い実験を行えるスキルを身につけてほしいと思います。日本の生化学者による論文の再現性の高さは世界的に評価されていますので、これが未来永劫続くことを願ってやみません。こうした先達たちが残してくれた資産を継承しつつ、新しい研究アプローチを取り込むことで、新時代の生物学を発展させることが学会の責務です。

 

前々会長の菊池章先生は、IUBMB、FAOBMBなどの国際会議と日本生化学会の良好な関係の構築に尽力されました。前会長の一條秀憲先生は、学会役員のジェンダーバランスの改善に尽力され、女性理事と若手理事の割合が大幅に増加しました。私は、これらの先生方の成果を踏襲するととともに以下の様な問題の改善にむけて声を上げていきたいと考えています。

 

一つ目は、若い研究者が安定して研究活動を継続できる環境作りです。任期制に縛られる大学教官や博士研究員を嫌って、アカデミアを選ばない若手研究者が増えていることは事実だと思います。大学への運営交付金の減少や、競争的研究資金への過剰な研究資金の投入がその根源にあると考えています。一学会だけで解決できる問題でないことは十分承知していますが、他の学会とも連携して声をあげて政治に働きかけていきたいと思います。二つ目は生化学会のイメージの改革です。過去のアンケート調査によって、生化学会での発表では背広を着なければならない、生化学会は堅苦しい会で若い研究者が少ないなど、生化学会にネガティブなイメージを持つ若者が多いことが分かりました。若手によるシンポジウムの企画、若手役員の選定、「さん付け」の慣行などを行う事で、自由に気楽に参加できる生化学会のイメージを作っていきたいと思います。三つ目は日本分子生物学会との交流です。年に2回、生化学会と分子生物学会の両方に参加するのが大変だったので、二つの学会が一つになれば良いのに、と思ったこともありました。一方で、生化学会の役員として学会の運営に携わるようになってから、二つの学会が一つになることには技術的な困難さが存在することも分かりました。しかしながら、目標に共通するところが多い二つの学会の間の距離が縮まり、互いの得意とする所を共有できる機会が増えることは望ましいことでしょう。学会の共同開催や、シンポジウムの共催などを通じて、二つの学会の交流を図っていきたいと思います。

 

生化学会は全国8つの支部会からなり、各支部が活発に活動することが特徴です。各支部選出の理事(支部長)8名によって、地域の課題や支部会の意見が本部に伝わる仕組みになっています。さらに「生化学会奨励賞」、「柿内三郎記念賞」、「JBSバイオフロンティアシンポジウム」などの様々な顕彰制度や助成制度に加え、「早石修記念海外留学助成」による留学支援制度もたいへん充実しています。そして伝統ある学会誌として、総説和文誌「生化学」ならびに原著英文誌「Journal of Biochemistry」をオンライン発行し、和文誌ならではの密なコミュニティ形成と国際誌ならではのタイムリーで幅広い情報発信を可能にしています。最近ではX(旧Twitter)での情報発信も開始しましたが、まだまだフォローワーが少ないようです。ぜひ@jbs_seikagakuをフォローしていただきますよう、お願いする次第です。

 

日本生化学会は2025年に設立100周年を迎えます。設立100周年記念ホームページを近日中に公開致します。2025年11月に京都で開催される第98回大会において記念行事を行う予定ですが、それに加えて同年に東京でも100周年記念行事を企画中です。これまでの100年を振り返ると共に、生化学会としてどの様な目標をもってこれからの100年に向かうのかを問いかける年にしたいと思います。

 

尊敬すべき多くの先人たちが築き上げてきた日本生化学会をさらに発展させ、日本の生化学のガバナンスをさらに強く世界に発信できる学会運営ができれば幸いです。もとより浅学非才の身ですので、会員の皆様のお力をお借りする必要がございます。どうかご指導、ご意見、ご鞭撻を頂きますようお願い申し上げます。

 

                                             2023年11月16日


                                             日本生化学会会長
                                                横溝 岳彦