会長あいさつ ~日本生化学会2020の現状と課題~

 

 

 

会長 菊池 章

(大阪大学大学院医学系研究科)

 

 

 

 

 

 

 明けましておめでとうございます。2019年11月より日本生化学会会長を務めております菊池章と申します。まず初めに、会員の皆様方におかれましては、日頃より我が国の生化学における研究・教育に多大なご尽力をいただいていますことに心から感謝申し上げます。

 

 日本生化学会は1925年に創立され、全国に8支部が存在する我が国の中でも伝統のある学術団体です。また、国際生化学・分子生物学連合(IUBMB)やアジア・オセアニア生化学・分子生物学連合(FAOBMB)に加盟し、我が国の国際的な窓口となっている学術団体でもあります。学会誌として、英文誌「Journal of Biochemistry (JB)」と和文誌「生化学」を発行しており、「JB」は日本生化学会創立より先の1921年に発行された英文誌であり、明治時代から我が国の研究成果を世界に知らせる重要な役割を担ってきました。「生化学」は総説やミニレビューを中心に編集され、会員の日本語での知識獲得に貢献しています。さらに、種々の顕彰制度や若手研究者の留学を支援する制度も整備しています。これらの様々な取り組みは生化学会のホームページ(http://www.jbsoc.or.jp/)に掲載していますので、是非ご覧いただきますようお願いいたします。

 

 私は1985年に生化学会に入会し、35年間会員として生化学会で活動し、大会では学術的な成果を発表し、多くの研究者と意見交換を行うことにより、成長させていただきました。私が大学院生として、若手研究者として、研究室主宰者として研究に関わってきたこの間に、生化学を含む生命科学・医学の研究領域は爆発的に進展しました。1970年代に米国西海岸で開始された「遺伝子を操作できる」技術が、1980年代に世界中に広まり、我が国も大きく遅れることなくその技術をキャッチアップすることができました。その新技術を用いて、日本の生化学者は分子に切り込み、分子の構造や機能を明らかにし、1980年代、1990年代に世界に冠たる業績を挙げました。これまでの会員の先生方のご努力により、生化学会会員から世界的に優れた研究成果が発表され、大きなインパクトを与えてきましたのは歴史的事実です。その還元論的研究成果の集大成として、世界的には2003年にゲノムプロジェクトが完成しました。この頃の我が国では、「ポストゲノム」がキーワードとなり、次の研究領域が模索されていましたが、世界は「パーソナルゲノム」、「RNAシーケンス」、「一細胞シーケンス」、「オミックス解析」、「イメージング」、「超解像」、「バイオインフォマティクス」等、一気に技術革新が進み、これまでの伝統的な仮説検証型の研究手法に加えて、データ主導型研究が可能な環境が整いました。すなわち、私が若手研究者であった頃に教えられていた「生物学はSmall Scienceである」以外に、「生物学はBig Scienceにもなり得る」時代が到来しました。

 

 昭和から平成に時代が変わった1989年当時は我が国の自然科学に関する業績は質量共に米国に次ぐ世界第2位でした。上述した通り、生命科学・医学の分野でも優れた研究成果を輩出していました。しかし、平成から令和に変わった2019年には、中国、インドの自然科学における台頭は目覚ましく、日本の論文産生数は世界第6位となりました。勿論、現在でも我が国から優れた研究成果は発表されているものの、そのプレゼンスは低下しているとの批評もあります。その原因としては、いくつかの問題が指摘されています。例えば、世界と比較しての公的研究費の不足、集中と選択にもとづく科学政策、大学院博士課程進学者の減少、先端技術研究者の育成の遅れ、女性研究者の少なさ等です。このような解決しなければならない課題は見出されているものの、有効な処方箋が提示されていないのが、我が国の科学研究の置かれている現状かもしれません。

 

 日本生化学会も古い歴史があり伝統がある分、いくつかの課題をかかえています。会員数も1998年の13620名を最大として、それ以降漸減し、2019年は8134名となっています。特に30代、40代の会員が少ないことは将来的不安要素です。女性理事が少ない等、女性研究者を十分に取り込めていませんし、生化学会大会の国際化も十分ではないように感じます。これらの課題を改善することはすぐには難しい点もありますが、将来の生化学会が少しでも良い方向に向かい、皆様方が生化学会員であることの利点を感じられるような改革を行いたいと考えています。特に、30代、40代の会員や女性会員の意見を生化学会や大会の運営に反映できる体制が必要です。会員の皆様には、支部会への参加、大会の参加はもちろん、IUBMBやFAOBMBへの参加やJBへの投稿、「生化学」誌への執筆等いろいろな形で、生化学会を盛り上げていただけますようお願い申し上げます。

 

 物事を変える時に大切なことは、「何を変えてはいけないか」を、まず考えることだと思います。会員の皆様とともに、私達生化学会会員にとりまして大切にしなければならない価値観は何かを共有した上で、生化学会が発展するための必要な改革を行い、ひいては生化学会が我が国の生命科学・医学領域における研究・教育活動に貢献できるようご協力をお願い申し上げます。

 

2020年1月

日本生化学会会長

 菊池 章